プロフィール

書道アーティスト・グラフィックデザイナー

Yuuki Naito Suisetsu

1986年生まれ、神奈川県横浜市出身。 5歳で入団した児童劇団をきっかけに舞台の世界へ。高校卒業後、東京スクールオブミュージック専門渋谷ダンス科に入学し、在学中に短期留学でニューヨークに渡り、ダンスを学ぶ。その後、ミュージカル俳優、ショーダンサー、HIPHOPダンスインストラクター、振付師などさまざまな場所で活躍。2022年、鵜飼いの踊り子の仕事を機に岐阜へ移住。伝統芸能「詩吟剣詩舞」と出会い、和の踊りに魅了され、愛知の剣詩舞団体に所属する。 日本の古典を大切にしつつも、多岐にわたる技術を活かし、「書」と「舞」を融合させ独自の芸術表現として昇華すべく、幅広く活動を行う。

ー 想い ー

岐阜に残る日本の伝統工芸、伝統芸能、建物や自然に惹かれて2022年に移住を決めました。
多種多様なあり方が広がる世の中ではありますが、岐阜には守られ続け受け継がれてきた素晴らしい日本の文化が沢山あります。人から人に伝えられてきた“ぬくもり”と“光”。手書きの世界から、これを後世に繋ぐ人になるのが私の夢です。

「書とわたし」

6歳で書道をはじめる。左利きを右利きに直す為に、祖母が私を書道教室へ連れて行ったのがきっかけだ。ADHD傾向で多動性、衝動性の子どもであった私が、書道の稽古を通じ、一つのことに「集中する」という事を覚え「静かな時間」に初めて触れた。

小学校でユニークで破天荒な先生に出会う。教科書を使わずオリジナル教材で授業をする先生だった。毎日沢山の詩や歌が配られた。課外授業では絵や詩を書く時間があった。自分の気持ちを伝えるのが苦手だった私は、詩を通じて初めて「本当の自分の声」が出たと実感した。言葉を“書く“事が「自分を表現する」ことに変わる。

34歳でコロナ流行により生活が激変。緊急事態宣言の中で、生き方を見直し一大奮起。作家として活動することを決意。デジタル化が進み、手書きの文化が失われていく現代において「書」に触れる事の大切さ、手から手へ伝わってきたものを後世に伝えるべく岐阜県を中心に精力的に活動。

33歳で書道の講師として介護施設で指導を開始。生徒は認知症を抱えた方々が主だった。重度の認知症の方は失認や失行という症状があり、手をうまく動かせないため真っすぐ線を引く事が出来ない。文字を認識する事が出来ず同じ線をひたすら書くだけの方もいた。軽度の方は数枚書いたら一枚目に書いた文字はもう覚えていない。稽古がスタートした頃の、皆さんの口癖は「うまく出来ない」「自信がない」「下手だから...」だった。稽古がスタートして数か月経った頃に大きな変化が訪れた。文字を認識する事ができなかった人が自分の名前が書けるようになり、シンプルな棒線も書けなかった人が漢字を書けるようになったのだ。みるみるうちに全員の書道の技術が上達していった。できるようになった事が自信になり、目に輝きが溢れ、表情が豊かになっていった。スタッフさんからも「今まで全く普段笑わなかった人が書道を始めてから笑顔になった。初めて笑顔を見た」「書道の力はすごい」と声をかけていただくようになった。「書」と関わることで沢山の奇跡のような出来事を何度も目の当たりにし、書道の新たな可能性を感じる。同時期に子供の書道教室との関わりの中で書道を通して自分に何が出来るか深く考えるようになる。

「舞台、ダンスとわたし」

5歳で児童劇団へ入団。青春時代の時間の大半をこの劇団で過ごす。小学生の頃の夢は舞台女優。中学に入るとタップダンスとヒップホップダンスを習い始めた。リズム音痴でダンスは不得手だが舞台演劇ではダンスの技術は必須。苦手を克服するために始めたが、ステージを重ねるうちにダンスの世界に魅了され没頭する。


 17歳でダンサーになることを決意。高校卒業後に東京スクールオブミュージック渋谷専門学校ダンス科に入学。在学中にニューヨークでの短期留学も経験する。卒業後は劇団に所属し主演やメインキャストを務める。退団後は俳優としての活動をする傍らダンスインストラクターや振付師、ショーダンサーとして活動。
子どもを対象にインストラクターとして活動をする中で、自身が幼少期の頃から舞台で育ってきた経験を通して学んできた事を次世代に繋げていきたいという気持ちが大きくなる。そこから子ども向けイベント企画の主催に力を注ぐようになる。子供の頃から舞台を体験する事は、表現の楽しさや技術を学ぶことはもちろん健全な身体づくりや協調性の醸成、マナー、思いやり、感謝の気持ちなど人生において大切なことを学べる機会と考え、地元横浜の子供たちに向けてのイベントを実施。アート・音楽・ダンス等の様々な芸術に触れられる体験・参加型のイベントや子ども主導のチャリティーイベントを企画・主催する。

自身のダンサーとしての活動においては神社での舞をはじめ、和をテーマにした踊りに関わる事が幾度と訪れる。劇団の恩師が日本民舞の踊り手であったというルーツもあり日本の伝統的な踊りや日本文化そのものへの興味が深まる。それまで取り組んできた西洋的なダンスではなく、表現したいものが「和」の世界にあると気がつく。さらに幼少期に経験した「書」を掛け合わせた表現ができないかと30歳で書道を再スタート。

36歳で、岐阜に残る日本の伝統文化(工芸、芸能、建築物)や自然の豊かさに惹かれて移住することを決意。鵜飼の踊り子という仕事を得たことを機に神奈川から移住。また日本を代表する伝統芸能「吟剣詩舞」と出会い和の舞踊に深く目覚める。現在は愛知県にある剣舞団体に所属し活動中。古典舞踊から日本の精神を学ぶ。古典を大切にしつつも今まで培ってきた技術を活かし、独自の芸術表現に昇華すべく創作活動を行う。

仕事実績

【舞台出演】
「波の唄~島国日本~」ダンサー(シアターVアカサカ)
「SPICE~全ての出会い~」ダンサー(シアターVアカサカ)
「ビー玉~あの夏の日~」メインキャスト(シアターVアカサカ)
「約束~ほたるのいた夏~」メインキャスト(シアターVアカサカ)
「歌CANON~君だけの宝物~」主演(新宿107)
「ひまわりの咲く島」キャスト(シアターサンモール)
「Circus~私たちのうた~」メインキャスト(シアターVアカサカ)
「big the musical」ニューヨーカー役(博品館劇場)

【ダンス出演】
「ベイスターズ開幕戦」
「OPEN THE DOOR」(シアターアプル)
「GLAYコンサート」
「Real street dance LIVE」(渋谷AX)
「ROCK WAVE」(渋谷AX)ファッションショー
a-nation「DJ OZMA matsuri show」
「Reason Why?」(吉祥寺シアター)

【企画・主催イベント】
ダンス「MA!TSU!RI!」企画・MC・ダンス
アート×音楽×ダンスイベント「Kodou-心動-」Vol.1~3企画・MC・ダンス
アートイベント「つな場~コドモとエガク~」

【振付・ダンス指導】
アイドル、劇団、よさこいetc

【書道経歴】
介護施設「ツクイ・サンシャイン野毛」で書道講師を担当
映月先生の希書道教室にて書道講師アシスタントとして活動
瑞浪市の地域の子供達に向けて基礎書道教室を開講(月1~5回)
ヒーリング書道教室開講(出張&レンタルスペースにて不定期開催)
岐阜県内を中心に各地で書道ワークショップを実施
「はじめてフェス」(大阪難波宮跡公園)
「登山アウトドア書道」(岐阜県誕生山)etc…
命名書オーダー販売
展示・販売(瑞浪市Mビル)


【書道パフォーマンス、ライブペイティング】
夜空カフェ(岐阜市柳ケ瀬商店街町おこしイベント)
お正月イベント(浜松志都呂イオン内)
はじめてフェス(大阪難波宮跡)

【アート、アート書】
「獣声越漂祈生模様」KOとの共同制作(渋谷の隠れ家カフェ ワニのニワ)
「今、今、今、、、ある日。。。」(渋谷の隠れ家カフェ ワニのニワに展示中)
クリエイターズコミュニティ「KAKERU」ロゴ制作

歴史

1986年神奈川県、横浜市に生まれる
1991年書道を始める。児童劇団に入団
2005年ダンスの専門学校へ入学(NYへ短期留学)
2006年劇団東京豪華へ所属
2007年ダンス×音楽イベント「MA!TSU!RI!」主催 (ラゾーナ川崎プラザソル)
2009年ダンス×音楽×アートイベント「kodou-心動く-vol.1」主催(BankART)
2010年ダンスインストラクター(私立白鵬女子高校非常勤講師、ヨークカルチャーセンター、洋光台ダンスクラブチーム)
2010年ダンス×音楽×アートイベント「kodou-心動く-vol.2」(新横浜スペースオルタ) 
2011年ダンス×音楽×アートイベント「kodou-心動く-vol.3」主催(野毛シャーレ)
2012年ショーレストラン「Matsuri Roppongi」ダンサーキャスト
2019年書道講師教育部師範取得
介護施設での書道講師や、師である映月先生の子供の書道教室のアシスタントをする
2020年書道作家への道を決意
5月KOとの共同作品「獣声越漂祈生模様」を完成
7月クリエイターコニュニティー「×KAKERU」ロゴ作成
12月アートイベント「つな場~コドモとエガク~」企画(赤坂Courtesy)
2021年渋谷の某隠れ家カフェ ワニのニワにお店から広がる「無限に続く幸せ」をイメージし、8ヶ月無限数を書き続けた(約2万文字)作品を完成させる。自身の初の作品となる。
2022年岐阜へ移住 鵜飼の踊り子の仕事を始める
2023年剣詩舞の団体に入会
2023年舞書パフォーマーとしてアーティスト活動をスタート